
☆
沖田は残っていた仕事をサボり「市中見回り」と大層な役務を立てて散歩に出かけた。
そして、ふっと映った歌舞伎町に抜ける橋の上に浮かぶ銀色の頭。
川下へ流れる水面を見つめながら、こちらも暇を貪っている。
「こんばんわァー」
「あれー?君、たしか」
いつものようにペースを崩さす、沖田は声をかけた。
足りない頭なのか、沖田の簡単な名前も覚えてなさそうな男の顔は、沖田の姿を見ても慌てる様子も無い。
余裕ってことですかィ
「沖田です。」
「そー沖田くん。いっつもウチのやんちゃ娘がごめんねぇ。
・・・・どうしたの?仕事中?」
「ちょっと用足しに・・・。」
「ふーーーーーん」
互いにキーワードになっている人物には気がついていたが、仕掛けるのは何も自分じゃなくてもいいと、銀時は栗色の瞳を見ようともしない。
夕暮れの静かな時間が、互いに浮かぶ人物で埋められて、譲れない気持ちの中で揺らいでいる。
「土方さんとは会ってないんですかィ?」
いきなり確信をついてみたが、銀時はピクリともしない。
「んーー?」
間延びする銀時の応え方が、沖田の焦りを触発する。
「オレ、今あの野郎を探してるんでさァ」
「・・・・そう」
銀時は欄干に肘をついて、ずっと遠くを眺めている。
「旦那、知りやせんかィ?」
一瞬だけ間を置いて、銀時の視線が初めて沖田の瞳を掠める。
「・・・・どうかな」
------死ね。
とうとう沖田はキレた。
だが、この男にはそれを許さない空気がある。
ずっと瞼を閉じたままの銀時は、ゆっくりと沖田を振り返った。
「見つける覚悟があるなら----。」一旦言葉を切って
「見つける覚悟があるなら、この江戸中探すといいよ。ア イツにとってはアンタたち真撰組が一番なんだから・・・。
それを置いてどっか行ったりするわけねーだろ」
とことんゆっくり言葉を置いた銀時は、嫌味たっぷりで言い返した。
「よく分かってるじゃねーですかィ」
沖田も黒い毒を言葉に乗せる。
「そりゃ、ドーモ。」
だが、目の前の男は微塵も怯まない。
その余裕がますます沖田をイラつかせた。
「見つけてどうするの?」
「即座にみじん切りでさァ」
「ハハッ!どっかの副長さんみてぇだな」
銀時の乾いた笑い方が響く。
想う人の一番になれない悔しさが、人並みにこの男にもあったのかと正直驚きではあったが、それが逆に想いの深さでもあるような気がして、鼻で笑いたくなる。
沖田は思った。
------歪んでる。
☆
「さっき沖田って子につかまったよ。
銀さんタイホされちゃうかと思ったよ。ケーサツこえーよ」
いつもの万事屋の和室で、土方を傍らに銀時が大袈裟に嘆く。
「あの子、お前のこと探してたよ」
「そーごが?」
銀時はさっきのことを言うつもりはさらさらない。
腕の中には土方が居る。
----それで十分だ。
「プププ・・・」
「なんだよ」
「いや、何でもねー。ちょっとした男の優越感ってやつ?」
土方の滑り落ちる髪を掬ってやれば、土方は照れたように顔を背けた。
「・・・意味わかんねーよ」
「しー・・・。もう黙って」
言葉とともに唇をふさぐ
「ん・・・っ」
深く舌を絡ませると、すぐに土方の声があがった。
------わりぃな。これはオレのもんだ。
「ア・・・・んん」
愛しい恋人は銀時の腕の中で甘く泣き続けた----。
☆
普段は肌蹴させている黒の着流しを、首まで折りこんで帰ってきた土方の姿は、ようするに「アレだった」の合図。
隊内でそれを知る人間も少ないが、屯所ですれ違っても察する人間はそれに触れずにいる。
「お帰りなせェ。どこに行ってたんですかィ?」
自室まで戻る土方の背中を沖田は呼び止めた。
少し棘を含めた言い方は、まだぼんやりと頭の回らない様子の土方を、とろけたブラックダイアの瞳から読み取ったからだ。
「あー。そーご。そういや、お前オレを探してたんだって?」
土方の一言は。つまり銀時の策略と遠まわしな嫌味を意味した。
----あの野郎。
「どこ、行ってたんで?」
「用があってな」
「用って?」
間を空けない質問攻めに土方が眉をひそめる。
「いいだろ別に、」
「良くない」
一瞬の間。
「お前には関係ない」
とうとう言われてしまった一言は、覚悟はしていたが、想像以上に沖田の心を黒いものに変えた。
「死んでくれよ」
沖田は俯いたまま、ただそれだけを呟く。
「お前、またソレ、」
「頼むから」
「????」
「・・・・頼むから、頼むから、頼む・・・から」
「総悟?」
沖田の様子がおかしいことに漸く気がついた土方が、その肩に触れようと手を伸ばすがあっさり沖田の手に弾かれる。
「触るなっ」
「・・・何だよ」
眩暈がするような空気。
吐き気が込みあがってる。
「沖田隊長!局長が呼んでます」
バタバタと足音を立てて駆け寄ってきた山崎の、能天気を言葉で表したような笑顔が、一瞬でその場の空気を壊す。
「・・・チッ」
沖田は舌打ちを残して踵を返した。
山崎は「おやすみなさい」と土方に笑って、そそくさとその後を追う。
☆
「沖田隊長!・・・隊長!すみません。局長が呼んでるっ て嘘です」
追いかけながら、山崎が沖田に乱暴に告げる。
「山崎、テメェーーー・・・」
「アレ以上はちょっと、まずいかなって思って。・・・すみません」
宥める様な山崎の話し方が、今の沖田には必要だった。
「お前も死ね・・・」
「えぇえぇ?」
「うぜェ・・・」
澱み、消える沖田の言葉-----。
------歪んでいない者など居ない。
ただ、手に入らないものに悩む者。
ただ、幸せを願いながら他者を傍観する者。
ただ、腕の中の男の一番になれないと分かっていながら、独占欲を膨らませる者。
----すべては、歪んでいる。
あの鳥が飛び立ってからは----。